宇宙政策シンクタンク「宙の会」は、宇宙政策について調査、議論し、提言することを目的にしています。多くの欧米のシンクタンクに見られるように、下請的調査ではなくて、中立、公平な立場での政策提言をめざします。そのスローガンは「静かな抑止力」。宇宙活動を世界標準並みに、科学技術力、将来産業力、環境・災害監視力、国際協力と外交力、という国の総合的ソフトパワーに活用すべきとの考えです。

米国の新宇宙政策:「宇宙支配」を宣言

青木節子

 ヒトとチンパンジーは遺伝子レベルでは1.23%しか異ならないといわれるが、外部表現型としては進化の異なる段階に属するものとなる。このたび10年ぶりに改訂された米国の「国家宇宙政策」(NSP)に接し、クリントン政権時のNSP(以下「NSP1996」)と比較して似た思いを抱いた。

               

 新しいNSPは約2年間の検討を経て完成し、8月31日にブッシュ大統領が署名をした。公開版が公表されたのは10月6日である。一読して気づくのは、NSP1996に比べ、国際協調の姿勢が著しく後退し米国一国の国益追求、それも特に安全保障の追求を露骨に宣言していること、およびNSP1996に比べ政策が具体性を欠いていることである。
NSP1996は、導入部に続いて民生宇宙、国家安全保障、商業宇宙、省庁間ガイドラインという構成であったが、NSP2006は、米国宇宙政策の原則や目標に続き、まず国家安全保障ガイドラインが記述され、その後、民生宇宙、商業宇宙等の主題が語られる。安全保障に資する宇宙、という姿勢を明確に示したものといえるであろう。
ところで、実は、「安全保障」、「防衛・諜報宇宙活動」などの宇宙の軍事利用を示す用語の使用回数は2つのNSPではほとんど変わらないのである。NSP1996において、「安全保障」、「国家安全保障」等は20回、「防衛、軍事、諜報活動」、「衛星偵察」、「弾道ミサイル防衛」、「自衛および防衛」等宇宙の軍事活動を示す用語は25回用いられている。一方、NSP2006は「安全保障」、「国家安全保障」、「国土安全保障」が22回、「米国の防衛・諜報関連活動」、「スペース・コントロール」「防衛活動」等軍事活動を意味する用語が17回、「国家利益」が5回使われている。また、敵(adversaries)や敵対的(hostile)の使用についてはNSP2006の2回に対してNSP1996は4回使用している。しかし、わずかな違いであるが、用語の用い方と文脈により、まさにヒトとチンパンジーの違い、といえるほど全体像が変わっている。

 今回のNSPで、新しく加わった表現として、たとえば、「1.背景」の第2段落が挙げられる。21世紀において、宇宙を制するものはそうでない国に対して実質的優位をもつことになると評価し、宇宙での行動の自由を制海権や制空権と同様、米国の国益にとって必須のものであると宣言する箇所である。NSP1996も、米国が宇宙における活動の自由を確保し、必要なときには敵に対しては活動の自由を拒否するスペース・コントロール能力を維持発展させると述べるが、それは「条約上の義務に合致する形で行う」という但し書きをつけ、また、スペース・コントロール能力は軍事的措置とともに外交的または法的な措置によっても向上できるものであると記されていた(国家安全保障宇宙ガイドラインの節の6(g))。また、検証可能であり米国の安全保障等に合致するならば宇宙の軍備管理条約を受け入れる可能性も示唆していた(「省庁間ガイドライン」(5)軍備管理)。一方、NSP2006には、「米国の国際的な義務に合致した形で」という限界づけの中で宇宙の安全保障利用を謳った箇所はまったくなく、「原則」の第6番目において、米国は自国の宇宙活動を制限するあらゆる新しい法制度その他の制限には反対する、と明言する。宇宙開発利用の目的も、NSP1996では5つ挙げたうちの2つに米国の安全保障強化が含まれていたが、それも、米国の安全保障を向上させ外交政策に寄与するために国際協力を促進するという文脈で語られる(導入部 2(b)および(e))。
対照的に、NSP2006では、7つ挙げたNSPの基本的目標のうち5つが安全保障関連であり、商業利用の促進、堅固な科学技術基盤促進および国際協力も「国家、国土および経済安全保障」という目的を支援するためのものと位置づけられている(3.米国の宇宙政策目標の5−7番目)。

 一方、スペースデブリ低減策や実効的な輸出管理、商業利用等については大きな変化は見られない。
 もっとも、注目しなければならないのは、2004年8月の空軍の作戦文書のような宇宙のウェポニゼーション(宇宙から宇宙、宇宙から地球の攻撃を認める考え。地球から宇宙への攻撃をこの概念に加える場合とそうでない場合がある。)への言及はないことである。空軍をはじめとして宇宙のウェポニゼーションは不可避とみて、外国(特に中国とロシア)に先駆けて配備を開始しようとする声も高い中でも、それを明示的に示唆するところまでにはいかない。
筆者は、NSP2006は、ブッシュ政権が2002年9月に公表した公開版の国家安全保障戦略(NSS)と同じ運命を辿るのではないかという予感をもつ。NSS2002は「先制攻撃」論を明記し議論をよんだが、2006年3月のNSSでは、それは不明確さが残る表現ながら伝統的な先制的自衛権の範囲内の行動であるかに書きぶりが変わっていた。また、NSS2002にはなかった国際協調や外交努力の重要性についても言及がなされていた。

今回のNSSは、個別の宇宙プログラムの解説における具体性に乏しいこともあり、そう遠くない将来、より国際協調型のものに書き換えられるのではないか。宇宙兵器の配備も選択肢とするよう要請する2001年1月のラムズフェルド委員会報告書以降の米国の傾向がいつまでも続くとは思えないのである。なぜなら、合理的に考えるならば、脆弱な衛星システムに世界で最も依存する米国は、宇宙の覇権を握っている今、軍備管理を進める方が国益にかなうからである。