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井口さんのペーパー原文は10章構成になっており、これを5編に分けて原文を記載することとしました。そして、原文の後に「宙の会」代表幹事のわたしがコメントあるいは質問を、さらに井口さんからの返信をつづける書簡集のような形でまとめました。黒字は井口さんの原文、赤字は五代のコメント、青字は井口さんのコメントです。
今回は、「裏から見た日本の宇宙開発」の3章を(2)とし表題は原文のまま「信頼性向上策」としました。
(2008.2.8 五代記)
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3.信頼性向上策
3.1 失敗の特徴
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年
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ロケット
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衛星
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失敗原因、井口私見
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1994
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H2,2号機
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きく 6号機
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衛星アポジモータバルブ内コイルバネの共振による横ずれ。
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1995
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M-3S2、8号機
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EXPRESS
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設計でロケット本体の横振動無視
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1996
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H2,4号機
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みどり
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衛星太陽電池パドル張力制御機構の調整省略と材料知識不足
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1998
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H2、5号機
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かけはし
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第2段エンジンテスト時のミスと蝋付け加工検査不足
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1998
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M-V, 3号機
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のぞみ
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衛星の輸入燃料バルブ異常
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1999
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H2、8号機
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MTSAT
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第一段エンジンターボポンプのキャビティーション発生と翼表面の傷
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2000
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M-V, 4号機
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ASTRO-E
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第一段エンジンノズルグラファイトの検査不足
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2002
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H2A, 4号機
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みどり?他
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衛星太陽電池電力取り入れ電線の過電流による被覆劣化と静電気スパーク
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2003
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H2A、6号機
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IGS、2機
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大型固体ロケットブースターのノズル亀裂と切り離し信号配線の設置ミス
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その他、
1.1996年J−1ロケットで打ち上げた極超音速飛行実験機ハイフレックスの海中からの回収失敗:海中で実験機が傾斜することを想定せず、海中につり下げていたケブラー繊維で作られた帯紐が近くにあった鋭い角を持った部品にこすれて切断。実験機は海底へ沈没。
2.2002年、大気圏再突入実験機DASHの台座からの切り離し失敗:設計図面での配線の写し違いと、エンドツーエンド試験不足。
3.2003年、高速飛行実証フェーズII機体の回収時破損:パラシュート開傘部品の実証試験不足。等がある。
表に記述した失敗の原因は全て初歩的なミスです。一言で言えば、宇宙開発に未熟であることと、慢心と油断から来る不注意が原因です。開発ですので、挑戦的な技術やリスクを伴う箇所が常に含まれていますが、それらが失敗したことは皆無ではないかと思います。原因が明らかになると、なぜそこに気付かなかったのかが悔やまれます。気付いていれば容易に対策が取れる原因ばかりです。要するに問題は「気づき」です。
原因は常に複合しています。想定しにくい二つの要因が同時に起こっています。単一の原因を気付かずに見過ごすほど不注意ではありません。委員長になる前のある委員会で、失敗原因は「巧妙に隠された落とし穴に落ちた」ことにあると発言したところ、それまで宇宙開発を指導してこられた先輩委員長から、「それを見抜くのがプロだと」厳しく注意されました。私もその通りと思います。しかし現実は日本の開発関係者が経験不足で、プロになり切っていなかったと言うことでしょう。
要するに、弱いけれども隠れるのが極めて上手な「鬼」が、大規模システムに潜んでいます。どこにどんな鬼が潜んでいるか気付けば、直ぐに退治できます。その鬼を事前に発見して対処するための信頼性管理技術が必要であることがわかります。要は「気づき」です。一発勝負の大規模システムにとっての基盤技術です。
3.2 信頼性工学
私の記憶では確率論的な信頼性工学が生まれたのは1960年代以前、米国の宇宙、情報、防衛関係からと思います。NASAから出された信頼性工学の教科書には、その前書きに、「信頼性工学をアポロ計画に適用したところ、とても月から無事に帰還できるような信頼度数値が出てこないので、止めてしまった」と書かれていました。現在適用されているのはFMEAやFTAを発展させた手法でしょう。JAXAでも同じです。
2000年頃、委員長になる前のある部会で、HIIAをさらに大型化する将来のロケット計画が紹介されました。一段目のエンジンを3機束にして推力を上げる計画とのことでした。そこでエンジン1機の信頼度がいくつであれば3機束にするといくつになるかを質問しました。そのときのプロジェクトマネジャーは質問の意味が理解できないようでした。信頼性工学をご存じないのではないかと思いました。
後になって、1995年にきくVI号とM−3SII8号機の打ち上げ失敗したことから開かれた国会の科学技術委員会議事録を読んだところ、当時の理事長が4桁の信頼度数値を上げて信頼性について説明をしていました。また、辞める前の最近の部会でも、もっと桁数の多い信頼度数値が議論の中で出てくることがありました。
信頼性工学を学んだことのある、特に宇宙研の研究者からは、確率論を基礎にした信頼性理論は精緻だが、数値計算するとなると部品の信頼度数値が無く、適用しても意味がないと批判されました。部品の信頼度数値は、多くの部品の使用結果を統計的に処理して得られるものだからです。それなのに、時折4桁あるいはそれ以上の桁数の数値が議論の中に出てくることもあるのですから驚きます。
一発勝負の宇宙技術開発では、開発技術者にとって信頼性は最も重要な要件であるにも関わらず常識化していないうえ、使う場合でも良く理解しないまま、数値だけをもてあそんでいる様な気がしました。
委員会での質疑応答の常ですが、たとえば信頼性の理論的な検討はしていますかと席上で問いますと、出席している担当役員はやってますと答えます。十分に実行している状態を10とすれば、せめて8以上の状態であれば、やっているという回答は正しいと思います。しかし、2や3でもやっていると言っても嘘ではありませんが、正しいとは云えないでしょう。委員会でこの種の討論が行われますが、あまり意味がないのではないかと思います。
委員会の委員には弁舌の立つ人が選ばれます。その場しのぎの回答かどうかは良く注意しなければなりません。質問者が正しい答えを知りたければ、現場へ足を運び、現場の担当者から直接聞き込むほかありません。正しい情報は常に現場にあります。
辞める前までに分かったことですが、部品の信頼度数値がNASAかあるいは米国のMil.Spec.(軍用の規格で今では使われていないとも聞いています)に表として与えられており、それをそのまま使っているようです。
一般にこの様な数値は、平均的な使用状態での信頼度です。設計、製造、試験過程の信頼度は含んでいません。多分この過程の信頼度は1,つまり完璧に出来上がっているとしているのではないかと思います。しかし、前表に示しましたように、日本の宇宙開発はまだ未熟ですから、失敗の原因は設計と製造、試験の過程にあります。したがってこれを完璧1としたのでは、システムの信頼度数値は無意味と言わざるを得ません。
NASAのスペースシャトルの場合、日本人宇宙飛行士からスペースシャトルの事故率は設計では500回に1回と聞いたことがあります。信頼度に直すと99.8%になります。実績は約130回の飛行で2回の事故ですから、信頼度は97%から98%になります。チャレンジャー号の事故原因は固体ロケットブースターの継ぎ目に使われていたゴム製オーリングが低温で弾性を失ったことによるとされました。コロンビア号では打ち上げ時に燃料タンク表面から保温剤が凍結し剥離落下して、宇宙飛行士が乗るオービターの翼を傷つけたことでした。この様な使用過程上の事故因子を事故確率として予測することは困難です。
では、未熟の状態での設計、製造、試験、さらには使用過程上のミスを含む信頼度数値をどう表すか、まだ方法は見つかっていません。実務ではどうするか、後に試案を提案したいと思います。
3.3 機微情報
一発勝負を要請される大規模システムの信頼性向上策には、一般量産品の品質・信頼性技術より一段上の理論、技術、技法が必要であり、この方面の専門家の英知を結集して構築したい希望があります。しかし、宇宙技術には機微情報が多くて非公開が原則となっており、学会の公開の場では議論できません。純理論的な問題に定式化すれば可能かも知れませんが、現実の現象と妥協しながら技法を考えなければ、実用にはならない気もします。したがって、関係者のみで苦労するしかないのかも知れません。これも宇宙開発のつらいところです。しかし、何らかの対策を期待します。
3.4 大量生産と少量生産
委員長に就任した直後、信頼性向上を口にすると、私が自動車技術者であることから、宇宙製品は単一か少量生産なので、大量生産をする自動車のようには信頼性向上が容易ではないと言われました。宇宙技術が一発勝負であることを考えれば、自動車以上の信頼性が必要であると言う意味では、その言葉にはいち理あると思います。
自動車部品は百万個以上の数を作ることが少なくありません。そのため、全数検査は難しく、抜き取り検査で統計的に品質管理をします。不良品の許容値は一般に十PPM(Parts per Million)程度です。不良品は僅かでも常に存在するので、商品として売り出してから故障を起こしてリコールとなり、メーカーは多大な出費を強いられます。宇宙のように少量生産であれば全数検査ができるので、もっと品質・信頼性を高められると自動車屋は言います。
宇宙技術者も自動車技術者も相手は楽で自分は苦しいと愚痴を言っているに過ぎません。自動車技術者の言うことにもいち理あるので、宇宙では全数、全部品検査を徹底することと思います。
3.5 複合原因対策
事故原因は複合しています。たまたま互いに無関係な二つの要因が重なり合って起きています。何十万個という部品の中の二つを任意に組み合わせて、もし不具合があった時に事故に結びつくかどうかを全てチェックすることは、組み合わせの数が多すぎて人の頭脳では不可能です。将来、コンピュータで探査するソフトができればと望みますが、それも容易ではないでしょう。
良く考えてみると、複合的な故障や事故が結構頻繁に起きています。二つの独立した極めて小さい確率でしか起こらない要因、たとえば百分の一の生起確率の要因が同時に起こる確率は一万分の一になります。桁違いに小さくなります。ところが複合原因事故が結構頻繁に起こると言うことは、ひとつの要因の生起確立がもっと大きく、十分の一で起こっていると言うことかも知れません。そうであれば事故は百分の一の確率で起こります。つまり、単一不具合要因が結構たくさんあることを意味します。幸運なことに他の不具合要因と重なり合わないから事故になっていない可能性があります。したがって、先ずは単一の不具合要因を徹底的に減らすことです。
3.6 完全網羅検査
第一に、システム内の鬼の居場所を完全網羅的に探査することです。それにはシステムの構成要素、つまりパーツ、コンポーネント、サブシステムすべてを落ちなく完全に記述します。そしてひとつひとつが完全であるかを検査します。
構造ばかりでなく設計、製造、試験、運用など全ての工程について目を通す検査が必要です。しかし数十万点に上る構成要素全てに適用するのは言うは易く行うは難しです。しかも全ての部品と全ての工程の組み合わせとなると多次元のマトリックスとなります。これにもコンピュータソフトが必要でしょう。
JAXAではH?A6号機の失敗の後、詳細FMEA(Failure Mode and Effect Analysis)と称して、従来のFMEAで取り扱った項目数をさらに多くして、詳細に検査し始めました。
3.7 実証試験
完全網羅検査とはいっても、全てに管理基準が決まっているわけではありませんので、結果の評価は人の知識と経験で判断します。何しろ未熟なのですから、知識・経験が完璧ではありません。変装している鬼を見破ることができないおそれがあります。
「みどりI」の失敗要因のひとつが、多種類のプラスチックシートを貼り合わせた多層シートの極低温における熱膨張係数が、ある温度以下では温度が低下するほど大きくなるという逆転現象が起こることにありました。プラスチック材料の専門家には常識とのことでしたが、開発担当者は知らなかったと言います。「きく6号」のアポジモータバルブ内のコイルバネについても、コイルバネが共振で踊り出すサージングと呼ばれる現象を担当者は知らなかったのではないかと思います。
未熟な内は知らないことがたくさんあります。それを教えてくれるのが実証試験です。宇宙環境は真空、無重力という地上とは大分違いますので、最も望ましいのが宇宙に運んで試験する宇宙実証でが、ロケットで打ち上げなければなりませんし、大きな費用が掛かります。失敗したら試験とは言っても世の中から厳しく叱正されます。さらに宇宙では実証過程を直接目で見、手に取ることはできません。通信でデータを入手するだけです。通信容量が限られていれば、それほど多いデータを取ることができません。その上、実験終了後、対象物は宇宙の藻くずとなり燃え尽きます。手に入れることができません。
地上テストならば、直接眺めながら、沢山のデータを得られますし、終了後に手に取ってみることができます。失敗しても叱られることはないでしょう。できるだけ宇宙の環境条件を模擬して地上試験を増やすべきです。宇宙で失敗しないで地上で失敗すべきです。
3.8 SRB-Aの地上燃焼試験
2003年のH?A6号機の失敗原因を突き詰めると、愚者の後知恵かも知れませんが、不注意な見落としにあります。大型固体ロケットブースタSRB-Aのノズル内面に、縦の溝が掘れる現象、局所エロージョンと呼ばれましたが、発生することは開発の過程で分かっていました。そこでたとえ溝が掘れても、SRB-Aの燃焼が終わるまで、2分間程度ですが、溝の底がノズル表面にまで達しないように、外側に腹巻きを巻いてノズルの材料の厚さを増して対処しました。計算上はそれで十分でした。
言い訳めきますが、その当時(2000年)の最大の関心事は、前年失敗した原因である第一段エンジン(液体燃料エンジン)のターボポンプが大丈夫かどうかでした。H?A打ち上げ前の評価委員会の委員構成が液体燃料エンジンの専門家に偏り、ブースタエンジン(固体燃料)の専門家は一人でした。当時の知識からすれば、腹巻きをすれば計算上十分でした。ターボポンプに気を取られていた委員会は局所エロージョン対策がOKとなった時、あまり打ち上げを遅らせると打ち上げ担当者の技量が低下してしまうこともあり、やれやれとの思いでHIIA1号機の打ち上げを了承しました。そして成功しました。後から思えば、SRB-Aに大きな変更を加えたからには、地上の燃焼試験をすべきでしたが、ターボポンプに気を取られて、そこまで気が回りませんでした。
SRB-Aは5号機まで、1機に付きSRB-Aは2個装着されますので10個は無事でした。6号機のSRB-Aの1個が、ノズル内面の溝が外部にまで達して、打ち上げに失敗しました。
失敗して初めて地上燃焼試験をしなかったことに気付き、私は再現試験をすることを提案しました。幸い、同じロットのSRB-Aが残っていました。ところが部会をはじめとして周囲の賛成は全く得られませんでした。SRB-Aの完成品が残っているとは言っても、燃焼試験だけで相当の費用が掛かります。それに、ノズル破損はたまたま起こった現象で、同じロットの製品とはいえ、それまで10個も成功していたのですから、ノズル裂損が再現するはずがないということでした。
大きな変更を施した部品は必ず実証試験をすべきなのにしなかったのですから、事後とは言っても、一度は地上で試験をして結果をよく観察すべきというのが私の意見でした。事故の再現試験という意味もあります。しかし、金を掛けて事後試験をしても、再現しなければ無駄というのが反対の理由でした。それもいち理あります。けれども、変更後は必ず試験という鉄則を守りたいと言うのが私の考えでした。私の意見を直ぐに理解して賛成してくれたのが当時のNASDA理事長でした。理事長の決断で燃焼試験は行う方向で検討することになりました。
再現試験はできるだけ事故の際の条件を再現して、ともかくSRB-Aを燃焼させ、結果を白紙の目で素直に観察するのが基本と思います。これにも反対を受けました。実験と言うものは仮説の検証のために行うもので、仮説を立て、実証のための計測をしなければならないとのことでした。科学実験と再現試験とは違います。先入観があったのでは、結果を見る目が偏ってしまいます。原因調査は先入観を持たずに結果を素直な目で、しっかりと観察することです。たとえ破損が起こらなくても、新たな発見があるかも知れません。
再現試験に固執していたのでは試験自体ができないおそれがあるので、そこは妥協してノズル内面のエロージョン進行速度の計測実験としました。そのための計測センサーをノズルに取り付けました。
種子島の燃焼試験にはNASDAの役員は誰も参加しませんでした。再現するとは思っていなかったのでしょう。参加した私さえ再現する可能性は低いと思っていました。しかし、幸か不幸かノズルは裂けて、かなり早い時期に燃焼ガスが横に吹き出しました。大きく裂け目のできたノズルを目のあたりにする迫力は大きなものでした。
6号機の失敗直後から、ノズル内面に溝が掘れて行く局所エロージョンの進行速度が、溝が深くなるほど速くなるのではないかと推定していました。燃焼試験でそれが実証されたと思います。設計では一定速度としていました。ただ、裂損の始まった箇所に計測センサーの取り付け穴が浅く開けられており、そのために裂損が大きくなったとの意見が聞かれました。そうかも知れません。そうだとするなら、センサーなどを着けずに、先入観無しに素直に燃焼実験をすべきだったと悔やまれました。
6号機に装着したSRB-A 2個の内1個は無事でしたから、11個は無事で、12, 13個目が続けて裂損を起こしたことになります。1回の生起確立を1/10とすると、2回続けて起こる確率は1/100になり、起こらないとは云えないが、滅多には起こるとは思えません。それが起きたと言うことは、その製品ロットにほかとは違う何らかの製造工程上の異常があったのかも知れません。安全対策は「疑わしきは罰する」ことですので、担当者に製造過程の厳しいチェックをお願いしました。
液体燃料エンジンは組み立て後に現物の燃焼試験を行うことができます。製造過程に不良があればそこで見つけ出すことができます。ところが、固体燃料関係の部品は、一度火を付けると消すことができないので、その製品は使えなくなります。現物の試験ができません。花火と同じで一発勝負です。したがって、製造過程の品質管理が極めて重要です。抜き取り検査です。固体ロケット関係の製品は、高価な部品であっても、ある数毎に抜き取り燃焼試験が必要です。
その後、担当者は局所エロージョンが生じる原因そのものを解明して、根治対策を入れた設計法を確立しました。論文としてまとめれば学会賞に十分値すると思いましたが、機微情報に属する技術であって外に発表することができません。宇宙開発委員会の了承を得て、委員長表彰としました。
3.9 実証試験基準
数十万点と言われる宇宙製品の部品全てについて、毎回現物試験を厳格に行うことは事実上困難です。どのような部品にはどのような試験をし、合格基準は何かを決めることが最も重要な宇宙の基盤技術と思います。
ロケットの場合最も重要な試験は打ち上げの直前、燃料挿入が済んでから行うエンド・ツウ・エンド試験と呼ばれる試験でしょう。この時初めて打ち上げ状態が完成します。ここで全システムの最終的な試験、いわば鬼の洗い出しが行われます。少しでも鬼が潜んでいる兆候があれば打ち上げを中止して徹底的な検査をします。ただし、エンド・ツウ・エンド試験でエンジンを点火するわけには行きません、その直前までです。液体燃料エンジンは組み立て前に現物試験をしていますのでまあ安心ですが、固体燃料を使ったロケットや部品は現物試験ができない一発勝負ですから、前述したように厳重な品質管理が必要です。
ロケットでは先端に搭載された衛星を包んでいるカバー、フェアリングを開いたり、衛星や補助ロケットブースターを本体から切り離すには、火薬を使って締結部品を切断します。この種の火工品はロケット1機当たり数十個使われています。1個でも働かなければ6号機のように失敗につながります。これまで火工品がトラブルを起こしたことはないと思います。6号機の場合は火工品の不良ではなく切断信号を送る信号線が焼き切れたためでした。だからといって実績に慢心することなく、厳重な品質管理に努めて欲しいと思います。
精緻なシステム信頼性理論はできていますが、部品の実証データに基づく信頼度数値がないので、理論は宝の持ち腐れになっています。しかし、ロケットの打ち上げ成功率を要求数値として与えた場合、たとえば95%とすると、構成するサブシステム、コンポーネント、パーツそれぞれが満たすべき要求信頼度は、多少人の経験が必要な部分がありますが、理論を使って求めることができます。そして信頼性の上からみたその部品の厳しさを知ることができます。
たとえば、パーツで要求信頼度が0.999999と9が6個以上であれば宇宙実証しなければならないとか、サブシステムで9が2つあるいは3つ以上では現物試験をしなければならないなどの基準を決めます。前述の火工品などは数値上からも最も厳しい品質管理が求められると思います。要求信頼度に示される9の数毎に、実績、実証試験の種類、レベル、基準の厳しさなどを決めることを提案したいと思います。
直感や経験よりはすこしは合理的な信頼性の設計と管理ができるのではないでしょうか。直感や経験のように人の能力のみに依存していたのでは、人が変わると変わってしまいます。多少厳密性を欠いても、実務で使いやすい技法を開発して、人が変わっても世代を超えて改良していけるような、改善の積み重ねが効く技法を開発すべきです。
3.10 数値表現
宇宙製品は生産量が少ないとはいっても、部品レベルになれば類似品までも含めると、長期間にはある程度の数にはなります。そこで統計的な処理がある程度可能な実績データが得られるはずです。やる気になりさえすれば時間を掛けて信頼度数値のデータベースができるでしょう。始めなければいつまで経っても何もできません。
多少厳密性を欠いてもおおよその数値が分かれば、いち部だけ信頼度を上げる設計改良をしたとき、システム全体への改善効果の推定値が求められます。また、複数の改良代替案の優劣を数値的に比較することもできます。改良すると一般には重量とコストが増えますが、信頼性向上値と重量増加値、コスト増加値との比をデータとして蓄積しておけば、信頼性改善に要する重量増加とコスト増加の推定に役立つ数値が得られます。それら数値データの長期間の積み重ねが基盤技術の裾を広げます。始めなければいつまでも経験と勘の宇宙技術のままです。
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(2)に対するコメント(往復書簡):
「五代」:今回の井口さんの宇宙分野での信頼性向上策論では、全数・全部品検査の実行、可能な限りの地上試験、高価なものでも抜き取り検査実施、エンド・ツウ・エンド試験、数値データの蓄積などの徹底を強調しています。
これらはすべて実施されるべき項目で、いまは実際にもある程度は実行されています。ただ、その徹底実施については、宇宙予算の制約とそれに対するあきらめ、技術蓄積の薄さとその一過性、技術導入の時代に常識化した風土もあって、必ずしも徹底されていないと思います。
宇宙開発は多くの技術基盤のもとに成り立っています。日本はもとより世界各国で宇宙機の失敗がくり返されています。宇宙活動を停滞せず成果を上げながら、宇宙基盤技術を抜本的に改善することが必用ですが、このための系統だって、継続的な技術研究をどうしたら進められるかは大きな問題です。
井口さんのいう信頼性向上については、技術者ばかりでなく、行政など日本全体にわたって、宇宙開発の意義が明確に示されていないことも、理由の一つかと思います。
「井口」:本文の後の方に書いたのですが、日本のつらさは、一国で、それも少ない予算と人員で、宇宙という大規模システムを開発しなければならないことです。米国のNASAと国防省との開発規模がもたらす基礎データの量は日本より桁違いに膨大です。それに太刀打ちするには、頭脳力しかありません。現在話題になっている宇宙基本法にしても、「何を」やるかは書かれていますが、「どう」やるかにはあまり触れていません。他国と同じやり方では負けるでしょう。
「五代」:最初に記されている表「3.1失敗の特徴」に関して、わたしが身近にみてきた失敗の原因を、個々の技術よりもその背景について記してみようと思います。とくに、ロケットについて論点を絞ったのは、衛星については、わたし自身その専門でなく衛星開発に直接かかわっていないからです。また現状としては、「みどり」と「みどり2」については、大勢の専門家による審議が多数回おこなわれて詳しい報告書がまとまっています。
原因の究明では、当然のこととして技術的な観点でおこなわれています。ただそれだけで、ものごとは解決されません。その背景をさぐることが根本的な問題解決に重要ですが、とくに日本の場合、ややもすると個人の責任に帰せられるため触れにくいのが現実です。そういう意味でまずは、米国の例から記します。
四半世紀も前、1979,1980年に連続失敗した通信実験衛星「あやめ」「あやめ2」の事故解析での経験です。すこし詳細に書きますが、それは信頼性にとって企業のトップマネージメント、経営方針が、いかに大きな影響をもっているかを示しているからです。
静止軌道へ衛星を投入するためのアポジ加速は、当時は液体エンジンではありませんでした。小型で構造が軽く推進剤をいっぱい詰めた、球形固体ロケットモータの短時間燃焼でおこなわれ、一気に静止軌道へ衛星は投入されました。2機の「あやめ」衛星の失敗は、いずれも、点火直後に衛星が行方不明になる事故で、日本の宇宙開発にとって初めての大事件でした。後に宇宙開発が技術導入路線から国産技術路線に転換したきっかけとなった出来事でもあります。
「あやめ2」事故後ただちに、宇宙開発委員会(委員長は国務大臣)に原因究明委員会がもうけられ、NAL在籍のわたしも政府委員に任命されました。これにはわたしの研究テーマが関係していました。固体ロケット、とくに極限設計のアポジ固体モータを対象に「信頼性向上の研究」をすすめていて、まさに事故究明にピッタリのテーマだったからです。固体ロケット推進剤の製造時に微少な割れ目や泡など欠陥があったときに燃焼はどうなるか、それを非破壊検査で検知したとしても欠陥認定基準はどうあるべきかを調べていて、当時の科学技術庁に特別研究を申請していたのです。国立研究所がこんな後ろ向きな研究をするのかと、評判が悪かったと聞きました。しかし、理由は分かりませんが、「上段固体ロケットの信頼性向上の研究」は、特別研究(研究費は僅か300万円)として認められました。ちょうどアポジモータが爆発したために、このニッチな研究が一転して先見性のある優れた研究ともてはやされました。
技術導入中心の当時のNASDAでは、アポジモータは米国からの購入品で中身はいっさい不明でした。その後有名な言葉になった“ブラックボックス“そのもので、図面は全くありませんでした。製造メーカは米国トップのロケットメーカ、エアロジェット社(以下、A社)で、現地に政府技術調査団を派遣し原因を探ることとなりました。
現地工場での会議では、固体ロケットはとくに極秘技術なので、なにを聞いても相手からの答はノーでした。
じつは、訪米前に米国の公開レポートを徹底的にしらべあげ、推進剤の経年変化についての並みのレポートを入手していました。現地での交渉の席上、なんでも極秘を理由に説明を拒む相手は、このテーマも極秘だと突っぱねたのです。しかし、この自社が書いた公開レポートを突きつけられてから、相手の態度は変わり質問に応じるようになりました。
アポジモータのX線写真、履歴などのデータをしらべた結果、同一ロットのアポジモータにはすべて泡や剥がれなどの製造欠陥があり、その修復も不十分だと分かったのです。
事故原因を探るためには、国産開発でなければという気運が国内で急速に高まり、技術導入から国産開発へ路線が変わりました。この時代には国産技術がかなり向上していたからできたことです。しかし、表「3.1失敗の特徴」に記載されているように、技術導入時代から国内開発時代へ移り、ロケットも衛星も国内技術で開発され、とくに経験の少ない大型で複雑なシステムになるにつれて、不具合、事故が多発するようになりました。
技術導入時代に先生から習っただけでは、設計、製造、運用の経験やその基本となるデータが少なく、失敗という高い勉強代を払う時期を越えなければ本当のものにならないのです。これがちょうど、井口さんの在任期間と重なったと思っています。
日本でもロケット、人工衛星の失敗が続いたのは、世界の宇宙先進国がむかし辿った道をくり返し、自ら失敗しないと分からないことがあるということでしょう。また、すこし成功が続くと技術は完成したという慢心や油断も生まれることには、いつも注意を払わなければなりません。技術陣はもちろんのことですが、トップマネージメントが肝に銘じて欲しいことです。
ここで話を元のアポジモータに戻します。なぜA社は欠陥製品を作ったのでしょうか。以下はわたしの推測もふくめてですが、当時のA社は軍事用アポジモータを民生に転用し、売っていた時代でしたが、ビジネス的には成功せず民生から撤退しはじめた時代にあたります。当然、経費をおさえるために試験、技術者を減らしたと思われます。
日本技術調査団が追求したときの印象でも、交渉相手はあきらかに日本製品担当者とは思えませんでした。トップマネージメントの経営方針が、その分野に熱心でないときには、どうしても経費節減の対象となり、製品の質が落ちることは他の産業でもみられる現象です。宇宙システムは限界設計で機微なものが多く、ちょっとした手抜きが全体の命取りになります。
原因究明が終わった後の話ですが、アポジモータ調達先をA社からサイオコール社(T社)に代えることとしました。その理由は、当時のT社のトップマネージメントが技術をよく理解し、米国政府制約の範囲内ですが情報開示にも真摯に対応し、T社のロケットビジネスが好調だったからです。もっとも更にその後のことですが、T社もビジネス的にも技術的にもレベルが低下し、製品の品質が低下したと聞いています。宇宙技術のような極限技術製品にたいしては、とくに真摯な経営態度が重要だと思います。
「井口」:「上段固体ロケットの信頼性向上の研究」の話に共感を覚えます。一見後ろ向きの研究かも知れませんが、これこそ基礎技術です。米国は膨大な予算と数多くの失敗を含む経験からこの様な基礎技術を積み重ねています。一見先端的な課題だけを追究していたのでは砂上の楼閣技術になってしまいます。
「五代」:H-II 5号機では第2段のLE-5Aの燃焼が完全でなく、搭載していた衛星「かけはし」が予定軌道をはるかに下回り周回する羽目になりました。衛星を目標軌道へ上げられなかったわけですから、ロケットとしては大きな失敗です。LE-5Aの2回目の燃焼時間が予定の192秒に対して4分の1の44秒と大幅に短かったのです。しかし、衛星については最悪の状態の中で、最善の成果を得たと思います。こういう場合の評価をどうするかは、なかなか難しい問題です。
予想をはるかに下回る遠地点(アポジ)を、「かけはし」担当者は、3ヶ月にわたる努力の結果、大幅に上げて予定されていた通信実験の半分を国際協調もあって達成することができました。このような想定外の事態にすばやく対応できたことは、その分野(この場合は、衛星の追跡管制)が十二分な実力を備えている証拠だと思います。
「かけはし」よりも6年前、わたしは、H-Iロケット打ち上げ前のリハーサルで、“もしも第2段エンジンの第2回目燃焼に失敗したならば、どういう対応ができるか”という試しの問題を出したことがあります。その時の教訓として、限られた情報、時間、設備をつかって、できるだけ成果を上げるためには、人材がそろい連絡をうまく取り合い最適解を追求することが重要であるとわかりました。
日本の場合いくつかの不具合に際して、NASDAもISASもこの点で十分な力を発揮した場合には、失敗を最小限にとどめられたことはご存じのとおりです。
「井口」:技術衛星にしろ科学衛星にしろ、一部に故障が起きた後の知恵の出し合いには頭の下がる思いをしていました。しかし、打ち上げ前に起こりうるリスクとその対応策を委員会で議論したことはありませんでした。反省点でしょう。
「五代」:「かけはし」の失敗原因をさぐるのに、わたしたちは全力を集中しました。ノズル展開部が破れ燃焼ガスが横に噴きだしたことが、飛行データからわかりました。LE-5A(H-II用第2段エンジン)とその前身であるLE-5(H-I用第2段エンジン)を合わせれば、実飛行が12機、地上試験エンジンを入れれば20基以上は正常に作動していました。自動車などと比べれば比較にはなりませんが、ロケットの分野としては供試体の数はかなり多い方でした。しかも性能の点では米国の定番エンジンRL-10より優れ、米国への輸出も実現しそうになったこともあります。
わたしたちの疑問は、H-IIの1〜4号機は好調だったのに、なぜ5号機で壊れたかでした。ただ、このエンジンではほかと違う点が一つありました。それは“から炊き”と俗称された地上試験でのミスによる燃焼室過熱損傷の可能性です。試験後の判定では実飛行に問題なしとされていましたが、過熱は少なくとも良い方向ではありません。燃焼室耐熱性にどの程度の余裕があるかは分かりませんが、この“から炊き”は悪影響を与えたと思われます。
調査の結果、もっと驚くことが分かってきました。ノズル展開部は細い冷却パイプを縦方向に数百本並べて,互いの隙間をロー付けし、ガス漏れ防止とともにノズル形状を形つくっています。一本一本のパイプは断面形状も長手方向に変化しており、それを治具に沿って束ねるやり方で、ロー付けは自動工程とはいきません。飛行に成功した1〜4号機、失敗した5号機、製作済みの6〜7号機のロー付け仕上げX線写真を比べてみると、#1〜3に比べて#4〜7は明らかに接合状態が悪かったのです。なお、#1〜#7の工場での全工程に差はなかったとの話でした。
ロー付けの不良でも#4は幸いに破損しなかったが、#5は“から炊き”の影響もあって破損したのではないかと想像されました。それ以上のデータはなかったので確実ではありませんが、ロー付けの不良が主原因であった、とわたしは推測しています。
それでは何が原因でロー付け不良が生じたのでしょうか。ここで話はアポジモータの失敗に戻ります。ロット#1〜3はH-II開発という大事業なので,企業も徹底的に取り組みました。次のロット#4〜7は,後に聞いたところでは、宇宙事業とは関係ない業績不良のために、すべてにわたって緊縮体制だった時代と一致すると聞きました。実体がどうだったかは分かりませんが、宇宙システムという微妙で脆弱なものの信頼性を高く維持するためには、常に真摯な経営態度が望まれます。
「井口」:LE-5Aエンジンのノズル製造工場には何度か訪問しました。手作業で細いパイプを組み、窯で焼いてロー付けする過程を見て、芸術品の「焼き物」を造っているのと同じと感じました。現在では燃焼室は電鋳品に変わり、焼き入れ過程は自動化され、微細な検査ができるX線装置が導入されていると思います。製造数が少ないので、作業員のスキルに依存するのも悪くはないのでしょうが、スキルの維持向上には特別は配慮が必要です。今後の技術者、技能者不足を考えれば、スキルにあまり依存しない構造と製造法を考える必要があります。
「五代」:複数衛星を1機のロケットで同時に打ち上げるか、衛星を単独で打ち上げるかについて、世界の状況とわたしの考えを述べます。ロケットが成功する限り、同時に複数衛星を打ち上げる方が一つの衛星当たりの経費が低いので、経済面だけからみれば複数衛星打ち上げが有利なことは間違いないところです。打ち上げ失敗はかならず起こるので、失敗した場合のために商業衛星では打ち上げ保険がかけられます。世界のどの機種でも、ロケット打ち上げの失敗率が高いために、保険料と呼ぶにはあまりにも高く20%前後、世界中で失敗が続くと30%に近く上がる時もあります。
欧州のアリアンロケットは商業打ち上げビジネスですから、異なる顧客の異なる通信衛星を相乗りで上げるのが常です。この場合、ロケットも衛星も技術的にかなり成熟していて、失敗がほとんどないか低いのが前提です。
ところで、日本では相乗り同時打ち上げで2回にわたって、大きな損失を出しています。
1990年のアリアン4,V-36では、日本のスーパーバードB通信衛星と、放送衛星BS-2Xを同時に失いました。それまで連続して数十回成功し、その後も成功を続けたアリアンロケット4型が不可解な事故によって自爆したのです。第1段エンジンの1基の推力が低下して、ロケットは発射台に接触しながらも上昇し、指令信号で破壊されたのです。わたしが疑問に思ったことは、その事故原因と日本衛星だけを搭載した同時打ち上げです。
技術的には、エンジンの水供給システムに布がつまったのが原因で、その詳細は発表されませんでした。いずれにしてもきわめて不思議な初歩的ミスで、故意に起こしたかもしれないと疑ったのです。当時放送衛星は日本が大きく世界をリードしており、その進みが遅れれば世界ビジネス上の優位姓を失うことになります。ご存じのように、BS-2X失敗に絡んで放送界の人事問題が起こりましたが、それはあくまでも国内の問題です。考えすぎかもしれませんが、宇宙開発、利用は国際的に戦略上重要な事柄ですから、十二分に注意して宇宙事業を行わなければならないと思います。
アリアンロケットによる衛星2基同時打ち上げ失敗は、ビジネス問題だからまだいいですが、国の基本政策を脅かしかねないような打ち上げには、複数衛星同時打ち上げについては最大限の注意を払う必用があります。
H-IIA6号機では、第1段エンジンの破壊で国にとってきわめて重要なIGSを2基同時に失いました。IGSのような衛星は、ロケットの信頼性が確立され、または、地上や軌道上に予備衛星がある場合以外は、同時打ち上げというリスクの高い冒険はしないのが原則です。セキュリティを目的とした衛星では、経済性よりも確実性を重視しなければなりません。残念ながらこの主張は認められませんでした。
「井口」:H-IIA6号機でIGSを2機搭載することには、委員会としても反対、あるいは反対はできなくても注意は喚起すべきでしたでしょう。今では分けて打ち上げています。
「五代」:H-II8号機のMTSAT打ち上げ失敗は、第1段LE-7エンジン破壊が原因でした。この問題は宇宙計画の大変更をひきおこすこととなり、H-IIを中止して、開発中の改良型ロケット、H-IIAに切り替えることとしました。この件にかんしては、別の機会に述べることとします。
「井口」:期待しています。この様な話の方が公式の文章よりも人の興味をそそり、記憶に残るのではないかと思います。
「五代」:これでは、井口さんのきちんとしたペーパーを、ハイジャックしたみたいですね。
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