宇宙政策シンクタンク「宙の会」は、宇宙政策について調査、議論し、提言することを目的にしています。多くの欧米のシンクタンクに見られるように、下請的調査ではなくて、中立、公平な立場での政策提言をめざします。そのスローガンは「静かな抑止力」。宇宙活動を世界標準並みに、科学技術力、将来産業力、環境・災害監視力、国際協力と外交力、という国の総合的ソフトパワーに活用すべきとの考えです。

六ヶ所村のミニ地球

五代富文


 45年ぶりに青森県の六ヶ所村を訪ねた。それは昨年(2005)初夏のこと、環境科学技術研究所の新田慶治さんによばれての旅だった。
六ヶ所村は原子力の代名詞となるほど多くの施設があり、その中では、ここの閉鎖環境型の生態系研究施設、いわゆる“ミニ地球”は、やや特殊な性格をもっている。もともとは、放射線物質の環境への影響をさぐるものだが、有人宇宙活動もめざした自給自足の生活実験を、この“ミニ地球”ではじめるという。

 

青森県六ヶ所村の環境科学技術研究所では、有人宇宙活動をめざした自給自足の生活実験を、“ミニ地球”ではじめた。45年前、IGYのためにロックーンの打ち上げがおこなわれた場所だ。

半世紀ぶりのわたしの訪問で変わらないのは、遠くに見える山並み、静かな尾駮沼(おぶちぬま)、やませと呼ばれる冷たい東風ぐらい。見わたす限りなだらかだった丘と砂浜はすっかり様変わりしていた。丘にはウラン濃縮工場などの原子力施設、石油備蓄基地、さらにマンションが林立し、遠くには風力発電の風車も立ち並ぶ。
1950年代末、国際地球観測年(IGY:1957~58)に参加した日本は、高度100kmの高層観測をめざして、2種類のロケット開発が必死におこなわれていた。この時期は、まさに日本ロケット開発の揺籃期で、世界的にみても人類初の人工衛星誕生にみられるように、宇宙開発元年の頃であった。
しかし、日本の観測ロケットは失敗続きだった。地上発射式のカッパー・ロケットだけでは間に合わないと、並行して“ロックーン”の開発も精力的に進められた。
ロックーンとはロケットとバルーンの合成語で、空気の濃い大気中は大気球で上昇、空気の薄い高度20kmまで上がってからロケットを発射する、効率的な打ち上げシステムだった。バン・アレン帯の発見はアメリカのロックーンによるもので、小型ロケットで高々度までとどく利点があった。
ロックーンの発射というか放球の場所が、日本のチベットといわれていた六ヶ所村だったのである。人が少なく建物もない広大な平地で東が海、という地勢的条件にピッタリだった。わたしはロックーン用シグマ・ロケットと気球放出装置の設計者で、六ヶ所村の荒れ地を科学の先生方と一緒になってロックーン作業を続ける日々だった。
秋田県道川海岸から発射されるカッパー(K)ロケットは失敗を乗りこえて、1958年暮にK-6ロケットがやっと高度60kmに到達した。かろうじてIGY期間内に、高層大気観測ができて日本の面目が立った。そして、この小型ロケットが発展して今日の大型ロケットに至ったのである。
一方のロックーンも失敗がつづき月日が過ぎて、IGY観測目標の高度100kmをクリアしたのは1961年6月だった。青森県六ヶ所村の荒れ地から飛び立ったロックーンの打ち上げは成功したが、IGYには2年半ほど遅れてしまった。

この最後のロックーン飛翔から40年たった2000年、日本における有人宇宙をどうすべきか議論がおこなわれていた頃、六ヶ所村に、閉鎖生態系生命維持システム(セルズ、CELSS)研究のために、有人宇宙活動研究施設、いわゆる“ミニ地球”が完成した。おおぜいの人が長く月面に滞在したり、火星基地で生活するには、セルズは不可欠な技術だが、宇宙先進国のアメリカでもまだ完成していない。宇宙分野でなく日本の原子力分野でこのような新しい技術が開発されたことは驚くべきことで、これを宇宙分野にどう取り組むかが今後の大きな課題だ。


 直径35km火星クレーターの氷(ESA/DLR)

 これで日本においても、月面で人が暮らす基地、さらには火星基地を実現するための先行研究ができるようになったのである。そして2005年夏には、エコノートと呼ばれる研究者2人が2週間にわたり、自給自足に近い生活を送りはじめた。
水も空気も外から遮断されたミニ地球は、居住区と、人工照明・人工降雨で稲やトマトを育てる農場、ヤギ2匹を飼育する牧場からなる。ミニ地球には外から電力が供給され、まだまだ完全な閉鎖環境とはなっていないが、月面基地のような完全自給自足をめざしている。いずれ将来は、月や火星で長期滞在の可能性と、そこでの人の行動や心理などを調べる予定だという。
2004年1月にブッシュ大統領が発表した新宇宙政策にそって、アメリカは2015年頃には月面に人を送りこむという。月面基地につづいて、火星基地の試験をおこなうためにも、NASAは有人居住のための研究を加速している。その点、六ヶ所村の“ミニ地球”は、世界最新のセルズ研究施設だから、これを使っての日米共同研究を企画するのも当然だろう。
ミニ地球については、わたしのような門外漢が、これ以上記すよりも、その意義、経緯、詳細などについては、別途、専門家の解説を待ちたいと思う。
有人宇宙飛行と月探査をとりまく環境が、今年から来年にかけて、日本でも注目されるようになる。
それらは、野口宇宙飛行士の活躍につづく、古川・星出・山崎ら新人飛行士の登場、国際宇宙ステーション(ISS)計画の再開とISS日本実験棟「きぼう」の打ち上げ、ISS輸送用HTVの開発、H-IIB大型ロケットの開発、月大型探査機セレーネの完成と発射準備、新宇宙服の研究公募、さらにここで述べたミニ地球での有人生活研究などである。
日本の宇宙政策のうちで、有人宇宙活動をどう位置づけるかは、きわめて重要な問題だ。しかし自立した展望をもたずに、総合科学技術会議においても2002年以来、政策的に迷走してきたのは残念だ。
そういう意味で、世界標準から取り残されることなく、世界に誇れる日本の有人宇宙計画について、本格的な議論をおこなう時期ではないかと考える。
すなわち、「宙の会」において、有人宇宙計画の認識、思想、意義、将来像、技術、波及効果、経済性などを多角的に分析し、多分野からの識者によってひろく詳細に議論し、日本における有人宇宙計画のあり方、進め方などの基本を提案していきたいが、会員のみなさんの考えは如何であろうか。

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credits: 環境科学技術研究所  ESA/DLR