宇宙政策シンクタンク「宙の会」は、宇宙政策について調査、議論し、提言することを目的にしています。多くの欧米のシンクタンクに見られるように、下請的調査ではなくて、中立、公平な立場での政策提言をめざします。そのスローガンは「静かな抑止力」。宇宙活動を世界標準並みに、科学技術力、将来産業力、環境・災害監視力、国際協力と外交力、という国の総合的ソフトパワーに活用すべきとの考えです。

有人宇宙システムの構築に向けて

(4)海上回収

--有人宇宙論壇シリーズ--

JAXA 有人宇宙環境利用ミッション本部 HTVプロジェクトチーム 主任開発員

今田 高峰

いかなる場合でも、有人宇宙船の乗員は必ず地球に無事に帰還しなければなりません。有人宇宙船の地上/海上での回収のケースとしては、通常の帰還運用(ミッションの最後として軌道を離脱し、あらかじめ定めておいた領域内で回収される場合)と、打上げの途上でロケットに不具合があり、緊急にアボートし回収(救出)される場合の2ケースがあります。今回は、その両方について回収運用の具体化を試みた結果についてレポートします。途中で陸上回収のケースについても検討していますが、以降のレポートは基本的に海上での回収を前提としています。

 

(1) 通常運用での帰還時

[再突入位置誤差]

軌道からの帰還時の回収にかかる手間は、どの程度正確かつ確実に予定された海域へ着水できるかに依存します。予め想定した狭い範囲に着水してくれるのならば、捜索の必要もなく、最小限のリソースで回収作業を行うことができます。そこで、まず着水点の位置誤差についての検討を実施しました。元となったのはHTVの離脱運用データです。

一般に、揚力制御を行う、行わないに関わらず、再突入飛行体の着水の位置誤差は、大気圏との境界域(高度約120km)を境として、再突入前の位置・速度誤差と、再突入後の再突入カプセルの飛行中の空力誤差に分かれます。大気圏への再突入時の位置・速度誤差については、主な誤差成分は進行方向の位置誤差ですが、悪い条件で見積もっても80km以下であることがHTVの開発データから判っています(HTV-1の実績ではずっと狭い範囲に収まりました)。一方、再突入後の誤差は主に大気密度の変動や、弾道係数の誤差によるものです。

下表は、全く制御しない弾道再突入体で、全ての条件を極端に悪い想定にした場合の計算結果です。どんなに悪い条件でも約300kmの範囲に収まることが解析結果として得られています。

 

 

[誘導制御による位置修正能力]

この再突入にて発生する誤差を修正するのが、再突入後の揚力による誘導制御となります。揚力カプセル型でもシャトル型でも基本的な誘導方法は同じで、ちょうどスキーのパラレルターンのように飛行経路を左右に曲げることを繰り返す事によって、落着点までの距離と方向を調整します。ターンを全くやらないで真っ直ぐ滑空したケースが最も遠くまで飛行し、逆にターンを目一杯に入れたケースが最も手前に落着します。この両者の差が再突入カプセルのダウンレンジの最大調整能力ということになり、この能力が、前述の誤差の集計値よりも大きければ、その再突入カプセルは予め決められたポイントに調整して落着できる能力を持っていることになります。

別途解析した結果では、揚力/抗力比(L/D)が0.4程度の揚力カプセル型の最大調整能力は500km程度あると求められました。上記最大誤差である±157kmはこれよりも小さく、この程度の能力のある再突入カプセルであれば、十分に調整可能な範囲と結論づけられます。L/Dが0.4程度というのはソユーズと同等か、ちょっと良い程度であり、アポロなどよりも低い値です。従って、標準レベルの性能を持つ揚力カプセル型の再突入体であれば、その誘導制御能力によって全ての誤差を修正でき、予定通りの場所に誘導できると言えます。

逆に言うと、これ以上、再突入カプセルの性能(揚力/抗力比)を上げても、クロスレンジ能力(進行方向と直角方向の着水位置調整能力)などの帰還ポイントの自由度拡大には寄与しますが、帰還時回収の精度向上には効果がありません。海上回収では、回収船が自由に動ける(=帰還ポイントを変更できる)ことが利点の一つであり、再突入体のクロスレンジ能力の拡大は、海上回収ではあまりメリットはありません。

 

[船舶による回収]

どんなに再突入後の誘導制御によって定点に到達しても、パラシュート開傘後に風で流される分が残ります。しかし、流される方向、距離については、予め風向、風速の情報に従って予測でき、それに合わせて着水点を事前に補正し、回収船の待機場所をずらしておけば誤差は最小にできます。地上(例えば滑走路)での回収ではリアルタイムの風向・風速に基づいて場所を調整するような事はできませんので、これは海上回収の利点の一つでもあります。更に、送られてくるリアルタイムの帰還モジュールの位置情報によって回収船を移動させることも可能なため(20ノットで走れば、開傘から着水までに5〜10km程度移動可能)、色々な誤差が積み重なった場合でも、回収船の位置から半径10km以内に帰還モジュールが着水し、到着までにかかる最大所要時間は20分以下となると見込まれます。天候が良ければ海上での視程は優に10km以上あるため、おそらく実際の運用では、回収船の乗員は降りてくる帰還モジュールのパラシュートを肉眼で見ながら回収に向かうことになるでしょう。

回収に必要な船舶数ですが、ソユーズなどでは、再突入中に何かあった場合に弾道飛行に強制移行させ、あらぬ場所に落下しないようにします(ちょうどスキーのパラレルターンの途中でよろけた時に、それ以上危険な状態にならないように意図的に転ぶようなイメージと思えば良いと思います)。そのため、予定回収海域の手前に着水する可能性があり、追加の支援船を必要とします。一方、次世代再突入カプセルでは制御に冗長を持ち、リアルタイムに故障を検知してバックアップに切り替えるため、故障時にも弾道飛行モードを必要とせず、最後まで誘導制御を続けます(万一よろけても、意図的に転んだりはせず、瞬時に体勢を立て直してパラレルターンを続けるイメージです)。この場合、最後まで目標とする落着点は変わりませんので、ソユーズのような緊急時の弾道飛行モードに備えた支援船を待機させる必要がなく、回収運用の省力化を図ることができます。従って、机上の空論ではありますが、予定の海域に降りて来る事が保証されていれば、帰還時の回収作業に当たる船舶は一隻で十分です。

 

[回収領域はどこにするか]

回収海域は色々な場所を候補として考えることができますが、条件としては以下の通りとして選択しました。特に、日本の宇宙船として、着水後速やかに乗員に帰国してもらうため、日本の近海に着水させることに配慮しています。

最初に、破片の落下分散域を設定しました。これは、帰還モジュールが着水する海域とは別に、分離したサービスモジュールなどの残存破片(ほとんどが融解するが、一部耐熱合金などの破片が残る)が落下する海域を確保しなければ、全体の運用の成立が判断できないためです。基となったデータはHTVでの解析です。

 

 

HTVでは、再突入飛行経路角を-1.3degとすることで、搭載推進薬の最小化を図りましたが、-1.5degに変更することによる推進薬のペナルティは35kgに過ぎません。有人帰還カプセルを再突入させるには他の選択条件を優先したいため、35kg程度のペナルティであれば再突入経路角を深くして、破片の落下分散を小さくし、落下域の選択自由度を上げるべきです(逆にHTVでは貨物量の確保が最重要課題であり、無人輸送機として35kgの輸送能力の低下は許容できるデメリットではなかったため、残存破片の落下分散範囲の拡大を許容して、再突入運用を一番広い南太平洋のみに限定した)。

再突入経路角を-1.5degにした場合の破片の分散は1,900km以下であり、この値を評定に、各海域の安全性、利便性を評価しました。

 

・他国の経済水域との干渉がない。

・帰還モジュール回収海域を日本近くに設定できる。

・経度方向に広く海域を確保できる。

・衛星通信のカバー領域に最後の軌道離脱燃焼が収まる(途中で回線切替がない)

・定期航空路との干渉が少ない。

 

結果として選択したのは、サービスモジュールの破片の落下海域としてはハワイ北東海域、また、帰還モジュールの回収海域としては房総半島の東方海域です。この場合、軌道離脱シーケンスとしては、帰還モジュールとサービス/居住モジュールが結合した状態で最初の軌道離脱燃焼を実施し、分離した後、別個にサービス/居住モジュールを軌道離脱させ、その2周回後に軌道離脱モジュールを軌道離脱させなければなりませんが、乗っている宇宙飛行士と帰還モジュールは日本に非常に近い海域(図の青で示した海域の中の、予め決められた1ポイント)で回収されます。

尚、複数回に分けた軌道離脱運用についてはHTVで既に実証された技術です。

 

帰還シーケンス(分割した軌道離脱燃焼)

 

 

帰還時の回収領域とサービスモジュールの破片着水領域

.

 

[地上で回収できるか]

ここまで海上回収を前提としてきましたが、もし、陸上の限られたエリアに正確に帰還できるのであれば、回収作業の面倒な海上よりも効率的な運用ができるかもしれません。そこで、オーストラリアのウーメラを代表として、地上回収の可能性も並行して検討しましたが、かなり問題点が多いことが判りました。

 

・ 回収可能域が経度方向に3deg程度しかなく、平均して8日に1度の帰還機会しかない。軌道によっては更に長い期間、ウーメラの上空を通らないため、コンティンジェンシーを含めた飛行プランの制約が著しい

・ サービスモジュールの破片がオーストラリアの200カイリ水域に入らないためには、約1,600km離れた所まで揚力飛行によってダウンレンジを伸ばす必要があり、通常の揚力カプセル(L/D=0.3〜0.5程度)では能力が足りない

・ 軌道離脱が中途半端で終わった場合の落下域が、パプアニューギニア、オーストラリアの北東部を通過する

 

地上回収運用を行っているロシアでは、軌道傾斜の縁近くの緯度(北緯50°程度)に広い回収領域を持っています。これならば、少々軌道面が東西に移動しても、緯度方向の範囲(南北方向)はほとんど変わりません。経度方向に関しては軌道離脱のタイミングを変えることである程度変更できるため、軌道面の東西の移動に対応できます。

一方、ウーメラのように緯度の低い地域では、軌道面の変化は経度方向と緯度方向の両方に同時に影響するため、経度方向の回収範囲の狭さは軌道離脱のタイミングをどんなに変えても対応することはできません。ロシアと同様の経度方向に大きな自由度を持った地域(高緯度地域で人口密度が非常に低いエリア)を確保することは、ロシア、カナダ以外ではかなり困難と思われます。また、中国では回収エリアの緯度に合わせた軌道傾斜で打ち上げる事で、ロシアのような経度方向の調整を可能としていますが、目標となる宇宙ステーションの軌道傾斜が限定されてしまいます。

もし、どうしてもウーメラのような地域を着陸地点として選定するならば、帰還モジュール側の飛行性能によって、上記のようなロシアなどの地位的優位に相当する自由度を確保しなければなりません。これは、L/Dの大きな形態(有翼、リフティングボディ)により、シャトル並みの大きなダウンレンジ/クロスレンジ能力を有した機体を必要とし、また、サービスモジュールとは別個に軌道離脱能力を確保することが必須条件となります。結果、技術的な難易度が一気に高くなります。

いずれにしても、緊急時は海上での回収が必要となるため、海上回収のためのサポート機能(フローティングバッグなど)は搭載せざるを得ません。地上回収のために追加装備を持つことは、重複した2種類の機能を搭載することにもなり無駄が増えます。米国のオライオンでも結局地上回収は諦めたようですが、島国日本の宇宙船としては、広い国土を持つ米国以上に洋上回収に専念した方が良さそうです。

 

(2) 打上げ途中の緊急アボート後の回収

[各国の地位的条件]

打上げ途中でロケット側に何か発生し、アボートシステムを使って宇宙船を分離した場合には、その後に乗員を救助に行かなければなりません。ここでは最初に各国の有人打上げ環境(地位的条件)をまとめます。

まず、ユーラシア大陸に射場を持つ2国です。ロシアのバイコヌール基地、中国の酒泉宇宙センターは、共に打ち上げ途中の長い期間陸上を飛行し、かつ、東側に山脈、あるいは町が存在しするため、打上げ途中にアボートした場合、望ましくない地域に落下することを防止することができません。従って、緊急時の回収を前提とする有人打上げには向いているとは言えず、打上げの全フェーズにおける安全なアボートと救出を保障することは困難と思われます。ロシアが現在東海岸近くに新宇宙基地(ヴォストーチヌィ宇宙基地)を建設中であり、一方、中国も海南島に打上げ拠点を移そうとしています。これらの目的は、主にロケット初期段が陸上に落ちて環境を汚染する事の防止であろうとは思いますが、有人打上げ時における緊急アボート後の安全な海上での回収も一つの理由となっているかもしれません。

 

 

ロシア、中国での有人打上げ環境

.

 

一方、日本の東側には太平洋が広がっており、打上げ中の異常時のアボート後にも全フェーズで洋上に降りる事が可能であり、他国と比べて非常に大きなアドバンテージを持ちます。実は、日本は地球低軌道のみならず、月遷移軌道も含めて有人宇宙船の打上げに最も適した地理的条件を備えていると言えます。

 

日本における有人打上げ環境(回収可能範囲は16,000km超)

 

例えばISS軌道に有人宇宙船を打ち上げる場合、日本では優に16,000km以上のアボート領域を太平洋上に得ることができます。これだけあれば、打上げの殆どの領域で海上回収が可能であり、燃焼末期のロケットの不具合によって増速量が不足した場合にも不足分は小さく、宇宙船に内蔵されている推進系をバックアップとして軌道に乗せる事ができます。また、飛行距離が延びる事による問題がないため、常に揚力飛行によって飛行距離を伸ばしつつ、乗員の重力負荷を緩和した状態で飛行を行う事ができます。

対して、米国や欧州は、6〜7,000km程度しか大西洋上にアボート領域を取れず、その先はヨーロッパ大陸に落下することになってしまうため、ロケットの燃焼終了よりもかなり前の段階で、アボート時の落下予測点が地上に達してしまいます。この場合、アボート時に軌道へ乗せるための増速量も大きいため、宇宙船の推進系の推力ではカバーできない領域(地上へ落下してしまうケース)が発生する可能性が高くなります。アポロ宇宙船では、打上げに際してアボートする条件を時間毎に細かく分けていましたが、これはアフリカ大陸へ落下する可能性をなるべく小さくするためであり、場合によっては大陸手前で落とす為に揚力飛行をキャンセルし、結果、乗員に高い重力環境負荷を掛ける領域もありました。最新のオライオン宇宙船では、宇宙船の推力/重量比を改善して、極力そのような領域を減らす算段をしていると思いますが、基本的にアボート可能領域が不足している事態は変わらないために様々な制約を受け、結果、「緊急時にも常に重力環境を緩和して飛行する」事は、米国打上げではかなり困難と思われます。

 

 

 

アメリカの有人打上げ環境(洋上回収可能範囲は7,000km未満)

 

 

 

ヨーロッパの有人打上げ環境(洋上回収可能範囲は7,000km未満)

 

[着水後の救出方法]

前項の通り、日本は打上げ時の緊急アボートのために広い海上を準備することができますが、アボートした宇宙船の乗員を迅速に救出できなければ意味がありません。緊急時対応として、どの程度のリソースを必要とするのかを概算し、それが現実的な範囲でできるのか確認する必要があります。最初に、一つの参考として、平均速度22.5ノットの船舶でカバーするとした場合、24時間以内に到着できる範囲は半径1,000kmとなりますので、これを目安としました。もし、10,000km〜12,000km程度をカバーしようとすると、予備を含まなくても5〜6隻の船が必要となりそうです。船に搭載したヘリコプターとの併用も考えられますが、ヘリコプターは救助活動中のホバリングにも燃料を消費する事を考えると、ヘリコプターは船から200〜300km程度離れるのがせいぜいです。結局、基本的には船で着水現場近くに移動し、ヘリコプターは先行しての捜索、兼クレーン代わりと考えざるを得ないでしょう。この場合、ヘリコプターとの組み合わせでも一隻がカバーできる領域はほとんど増えませんので、回収に必要な船の隻数は減らせません。

この状況を打破するひとつのアイデアとして、日本にはアポロ時代の米国とは異なる救出手段として、長距離を飛べる水陸両用飛行艇があり、これの有効利用が考えられると思います。最新の新明和US-2飛行艇は海上での遭難に対応できるよう設計されており、荒天の洋上でも着水・離水して救助ミッションをこなす能力を持っています。この飛行艇と、太平洋上に点在している空港を使用すれば、理論的には12,000kmのシーレーンを2機の飛行艇(1機はニューカレドニアに待機、1機は岩国基地)+1隻の回収船でカバーすることができます。飛行艇は平均速度も速く、最長でも救出まで10時間も掛かりません。更に飛行艇は着水後、エンジンをアイドリング状態にできるため、ヘリコプターのように救出活動中のホバリングで燃料を消費することもなく、理想的な救出手段になるでしょう。

下図はカバーする海域の例ですが、ミッションとしては宇宙船の乗員を救出した後、飛行艇は最寄りの空港へ向かいます。一方、ニュージーランド東沖に進出している回収船は、途中で残った宇宙船を拾い上げ、そのまま日本へ撤収します。宇宙船本体は飛行艇では回収できないため、最後の撤収手段として、一隻は船が必要となります。

 

打上げフェーズにおけるアボート後の救出プラン

 

.

離水する新明和US-2飛行艇  (c)新明和工業

 

実は大型の水陸両用飛行艇による緊急時の乗員救出は、日本だけで有意義なアイデアという訳ではなく、米国あるいはヨーロッパの状況でも有効です。大西洋の中間にあるアゾレス諸島をベースとして、西の海域では米国本土の空港へ、また、東の海域ではヨーロッパ、アフリカの空港へと中継すれば、1機だけで大西洋の全域での緊急アボート後の乗員救出に対応することができます。また、ロシアも新宇宙基地では太平洋上の広い範囲で緊急アボート後の救出手段を準備する必要が生じるでしょう。

現在、US-2に匹敵する外洋着水能力を持つ飛行艇は他国にはないため、単なる想像ですが、日本の飛行艇が他国でも宇宙飛行士の緊急時救難手段のスタンダードとして活躍してくれれば、日本の航空宇宙にとって、国際協力の面から本当に素晴らしい事だと思います。

 

[緊急加速による軌道への一時退避]

どんなに回収レンジを増やしても、最後は回収しきれない範囲が出てきます。この範囲をカバーするのが緊急加速による軌道への一時退避です。

これは、打上げ中の不具合でもっとも多いと思われる、「ロケットの増速量が少々不足した」ケースに該当します。増速不足が打上げフェーズの最終盤に起こった場合、洋上回収範囲を越えて地球の裏側近くまで飛んで行ってしまうケースが発生します。その場合には宇宙船に内蔵している推進システムを使って、一旦軌道に乗せるしか有効な方法がありません。

下図は一つの例ですが、15秒早期燃焼停止した場合、そのまま加速しなければ着水ポイントは12,000kmであり、回収領域内に着水することができます。一方、これ以上遅いタイミングで燃焼停止が起きた場合には緊急加速となりますが、推力が足りないと加速しきる前に落下してしまいます。この条件でシミュレーションした結果、0.5m/s2以上の加速力が必要であることがわかりました(加速力が足りなければ、増速し切る前に大気圏に捕まってしまいます)。このため、有人宇宙船のメインエンジン推力は、HTVのメインエンジンの推力(2,000N)の3倍以上、できれば5倍程度が欲しい所です。

もし回収領域を広げられれば、それだけ遅いタイミングの燃焼停止まで海上回収で対応できるため、有人宇宙船側に必要な緊急加速能力が低くて済みます。ただ、上記の12,000kmレンジで海上回収を前提とした場合でもメインエンジン推力の増強は必要ですが、増速量(=推進薬消費量)は正常なミッションで消費する、ランデブ・ドッキングなどの為の軌道変換分で賄うことができるため、特別に推進薬の搭載量を増やさなくても緊急増速による軌道への退避−軌道離脱までを完遂することができます。従って、海上回収範囲を広げることによる追加のリソース(船舶、航空機など)とのトレードオフではありますが、12,000km程度が一つの目安となるのではないかと思います。

 

 

 

緊急増速による軌道への一時退避(アボート)と洋上回収

 

(3) まとめ

アポロの時代と現在での海上回収作業における一番の環境の変化は、位置の特定と連絡手段が格段に容易になった事ではないでしょうか。今では洋上でもGPSによって直ちに位置を特定でき、衛星通信経由でどこにいても場所を連絡することができます。宇宙船には位置発信に必要な装置を完備していますから、捜索のために多数の船や飛行機を待機させておく必要性は極端に低くなっています。加えて、大型の水陸両用飛行艇など、日本が現有する救出インフラを最大限に活用すれば、かつての米国のような大規模な回収部隊は必要ありません(尤も、当時の米国では空母に搭載した大型ヘリコプターで回収していましたが、空母は単独で行動できず、必ず随伴艦を多く必要とするため、否応なく隻数が増えていた可能性はあります)。

また、軌道上で何か事故があり、緊急回収が必要となるケースも考えられますが、月ミッションなどと異なり、低軌道ミッションでは90分毎に近い海域に戻ってくるので、緊急時にも想定海域付近での回収できるように軌道離脱タイミングを計れるので、そのためだけに船を分散待機させる必要もないでしょう。

今後、荒れる外洋で帰還モジュールの乗員を救出することが本当にできるのか、また、緊急時の着水範囲(シーレーン)にどの程度までの荒天が生じたら打上げを延期しなければならないかなど、色々具体的な検討事項がありますが、今回検討した範囲では、総じて、回収体制はかつて必要と考えられていた規模よりもずっと小規模で済むと思います。

 

次回は想定される有人宇宙船の開発シナリオについてレポートします。

 

 

credit:JAXA、新明和工業