宇宙政策シンクタンク「宙の会」は、宇宙政策について調査、議論し、提言することを目的にしています。多くの欧米のシンクタンクに見られるように、下請的調査ではなくて、中立、公平な立場での政策提言をめざします。そのスローガンは「静かな抑止力」。宇宙活動を世界標準並みに、科学技術力、将来産業力、環境・災害監視力、国際協力と外交力、という国の総合的ソフトパワーに活用すべきとの考えです。

アメリカはふたたび月と火星をめざす

五代富文

 2004年1月14日、ブッシュ大統領はアメリカの新しい宇宙ビジョンを発表した。ビジョンとはいうものの予算も議会に要請し、実質的には国家政策としてアメリカ宇宙開発の長期計画の路を示したものといえる。有人とロボットによって、月・火星とその先の宇宙を探査し開拓をめざす計画だ。その内容、目標とその達成年を順序立てて示したもので、近未来の月への目標は明示しているが、火星有人探査については明確な目標設定がされていない。
それにしても、「ふたたび月をめざす」キャンペーンは30年ぶりに復活し、その先に火星への道筋も示したのだ。新宇宙ビジョンの内容を列挙すると以下の通りだ。

            

1. 1年前2003年1月のコロンビア号事故問題を解決して、安全なスペースシャトル飛行を再開させる。
2. 進行中の国際宇宙ステーション(ISS)を2010年までに完成させ、その後は、長期間にわたる宇宙旅行が宇宙飛行士の健康へ及ぼす影響研究に重点を置く。
3. 2010年末には、30年にわたる任務を終えてスペースシャトルを退役させる。
4. 代わりに有人宇宙開拓船(Crew Exploration Vehicle, CEV)を開発し、2010年までに無人試験、2014年までに有人試験をおこなう。人と貨物輸送を切り離すこととし、貨物輸送機はできるだけ早く実用化させISS用に使用する。人については、スペースシャトルと交替するCEVがISSへの人員輸送も担当する。
5. 月へ向かって一連の周回探査機と着陸機を送る。月面車(ローバー)は遅くとも2008年までに月面探査を始める。
6. 早ければ2015年、遅くとも2020年までには、長期滞在のできる月遠征隊を送る。月で得られた技術、月資源の開発、月面基地は、火星とそれを越える有人探検に有用である。
7. ロボット技術を活用して、太陽系へ無人探査機、着陸機を送り、有人計画への先駆けとする。

       

      太陽発電型月面基地             移動型月面基地             1962年の月面構想

               多機能型火星基地

これだけ明確な宇宙開発の国家目標を出したのは、1961年ケネディ大統領の月アポロ計画以来のことである。
ブッシュ宇宙ビジョンは、いくつかのステップを踏んで火星へ人を送るという中・長期宇宙計画である。これを世界戦略の点から見ると、アポロ計画がソビエトとの冷戦のシンボルであったように、この遠大な月・火星探査計画は、21世紀の相手と予想される中国に対して先手を打ったと考えられる。中国が、コロンビア号事故8ヶ月後の2003年10月に、「神舟」宇宙船によって世界3番目の有人宇宙飛行に成功し、その直後には月もめざすと宣言したことを、きわめて強く意識したからだ。

過去を引きずってきたスペースシャトルと国際宇宙ステーションに区切りをつけて、アメリカが新しい時代の国家宇宙計画に進むというメッセージである。イラク情勢やテロへ不安を抱く現アメリカ国民からの支持はそう強くないようだ。ただ、NASA予算を今後3年間平均5%、その後の2年間1%程度増額を求めた大統領提案にたいして議会は賛意を示し、2005年9月には具体的な計画が発表された。

              

月・火星探査旅行のためにアメリカは、新しいロケットと宇宙船を開発する。その基本的な考え方は、アポロ計画とスペースシャトルという、過去40年のアメリカ2大宇宙技術を徹底的に活用・発展させることである。なお、ブッシュ新宇宙政策では国際協力にもふれてはいるが、開発にあたっては国際協力を前提にしたものではなさそうだ。
宇宙飛行士の数はアポロ計画より1人増やして4人としている。宇宙飛行士は、乗員用ロケット「有人宇宙開拓船(CEV)」で地球を離れ、別に大型貨物ロケットで打ち上げられた月探査船と地球近くでドッキング、そこへ乗りうつる。その後の飛行は、アポロ宇宙船団と同じようにして、3日で月周辺に到着する。月面降下には4人全員が参加し、月軌道上で待機する軌道船はその間、無人となる点がアポロ計画とは異なっている。最長7日の月面活動をおこなう時に、2人のペアが2組いるから、より安全確実で効率的な宇宙活動ができるだろう。
帰路もアポロ計画と同じやり方で地球へ戻るが、帰還船の降下場所は海でなく陸地を目標としている。回収のために大艦隊を派遣していたアポロ時代とは異なって、ピンポイントでカプセルが降下する技術は確立しているからだ。帰還船はスペースシャトルのような有翼型ではなく、アポロカプセルと同形で安全性は抜群、コロンビア号のような事故は起きないだろう。アポロカプセルより一回り大きく直径が5.5mもあるから、容積は3倍と広く、全質量は25トンにもなる。再突入中に乗員の受ける加速度も中程度、エアバッグも使うから着地衝撃も厳しくはない。アポロカプセルが1回ごとの使い捨てだったのと異なって、再突入で損傷する底部の断熱材だけを交換すればよく、カプセル本体は10回再使用できるから経済的だ。

 乗員用ロケットCEVは全長およそ75m、直径3.7mの1段目はスペースシャトルの固体ロケット、2段目にはスペースシャトルの液体水素エンジン、と既存技術を使い開発は確実で早く実現できそうだ。その形は何の変哲もないストレートな円筒で、上部の方が太いのは従来のロケットと逆な形状だ。CEVの打ち上げ能力は25トンで、固体ロケット長さを伸ばすと32トンにもなる。上にはカプセル宇宙船を乗せるが、脱出ロケットによって緊急避難も可能だからチャレンジャー号のような事故でも生命の危険はない。乗員の安全性もスペースシャトルより10倍アップして、事故率は2000回に1回と下がるから安全性は格段に向上する。
CEVは2010年にはISSへ人と貨物輸送を始め、その頻度は2ヶ月に1回の計画だ。月旅行では4人乗りだが、その先の火星探検では6人運ぶように発展性を考えている。固体ロケット、液体ロケット、カプセルのいずれも、飛行実績があるから、CEVは現代の宇宙技術ではもっとも確実な飛行システムになるだろう。
 CEVも貨物ロケットも以前から多種多様な案が検討されていて、それがやっと日の目を見たといった感じだ。

1980年代半ばに純国産H-IIロケットを計画したときの日本の経験からいっても、CEVと貨物ロケットの構成がきまるまでの経緯は長く複雑で、紆余曲折があったようだ。しかし最終案は妥当なところに落ち着いたと考えている。事実、NASA、企業、国防総省などで検討された案は、アトラス5とデルタ4型使い切りロケットから派生する構成案、スペースシャトルから派生する構成案、それも現行のスペースシャトルのような横付け型と縦に積み上げる直列型の2種、と数多かったようだ。それらから絞られた中間案でも、CEVが12種類、貨物ロケットが35種類もあったが、最終的に選ばれた案は、これらの長所を組み合わせたものとなった。

 貨物ロケットもスペースシャトルの技術を流用する考えだ。はじめて外形図を見たときに、その全体の形が日本のH-IIロケットにそっくりで驚いたが、規模は全く違う。長さは2倍、リフトオフ質量は一桁上のマンモスロケットだ。地球軌道への打ち上げ能力は105トン、それに加速ロケットを追加すると125トンまでを打ち上げられ、アポロ計画サターン5型ロケットの140トンに近づく。月への脱出用ロケットには、サターン5型上段に使われたJ-2エンジンの改良型が使われる。第1段中核の液体ロケットにはスペースシャトルエンジン5基、両脇には延長型固体ロケット2本がつく。その上段として第2段には、同じエンジン1基が搭載される構成だ。

 月へ向かう探査船に太陽電池をつかう点と、推進剤としてメタンをつかう点が新しい。月から帰還・上昇時に使うメタンは、液体水素ほど効率が高くないが、取り扱いが簡単で安価である。日本でもGX(ギャラクシー・エクスプレス)ロケットに搭載されている次世代期待のロケットだ。火星からの帰還用燃料としてメタンの現地製造を考えているのも採用の理由だ。今後30年は使われつづけるだろうから、これらの選定の過程でも、多くの提案、検討が多角的におこなわれたのは当然だ。
 年に2機以上は,月へ向かって発射して月面基地を建設し、宇宙飛行士は6ヶ月ごとに交代する予定だ。探査船は月面どこにでも降りられるが、人駐在の月面基地としては、水素と氷が得られ日照が期待できる月南極が候補として考えている。地球から“わずか”3日でいける月で飛行・滞在訓練をつめば、火星での長期滞在も実現可能になるだろう。

 

credit:  NASA