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宇宙開発戦略本部が発表した「宇宙開発利用の戦略的推進のための施策の重点化及び効率化の方針について(案)」を読んだ。
見ただけで、方向が想像できるようなタイトルである。
文章を書くときの一般常識として、“の”を繰りかえすのは2回まで、とされている。子どものころ学校でそう習い、私は現在も自分のルールとしている。しかしこの表題は、“の”が5回も繰りかえされている。これだけで、“宇宙戦略という全体像について論じることを避け”、細々した話になるだろうことが、容易に想像できてしまう。
本文は、想像したとおりだった。
「1.基本的な考え方」で述べている「民生・安全保障両分野における宇宙空間の利用の重要性」という認識に、異論はない。「両分野における宇宙空間の利用の推進と、宇宙空間の利用を自律的に行う能力(技術と産業基盤)の保持を有機的に連携させながら総合的に進めていく」という考え方も、額面通りにとらえれば理解はできる。
しかしこれを受けて述べている「政策の重点化」による宇宙政策には、いささか違和感がある。以下の5項目だ。
(1) 日本の経済の再生のための産業競争力の強化、新産業の創出、日本ブランドの復活・強化
(2) 世界及びアジア地域における経済力の相対的な低下に伴う日本の国際プレゼンスの向上
(3)東日本の復興と巨大リスクに備えた経済社会構造の確立
(4)安全保障の確保
(5)継続的な学術研究の実施
なにやら民間企業の「定款」のような内容である。宇宙開発は、産業と密接につながっている、あるいはつながっていなければならないことは、いうまでもない。したがって新産業創出も日本ブランドの復活・強化も関連するのは当然である。しかしそれらは、わざわざここで述べるべき項目なのか。
宇宙開発、宇宙活動は、国が推進する政策である。そうであれば、国としての戦略となる背骨がなければならない。ブッシュによるコンステレーション計画を中止し、小惑星探査と火星への有人飛行を打ち出したオバマ大統領のような表現が必要だといっているのではない。日本という国における宇宙開発のあり方と方向性を、まずは明確に示すべきである。
「次世代の夢」ばかりが目立った日本の宇宙は、宇宙基本法の成立によってようやく世界標準に近づいた。そして宇宙開発戦略本部の設置により、日本の宇宙開発のあり方を示してもらえるものと期待していた。しかし、この「宇宙開発利用の戦略的推進のための施策の重点化及び効率化の方針について(案)」は、およそ戦略とは思えない内容である。とくに「各分野における方針」にいたっては、衛星の固有名詞とスペックをあげたうえで、その分野の市場規模予測までも示しているのだ。
これでは戦略というよりも、戦術の説明である。会社の「定款」というよりも「営業方針」の説明である。背骨がなく、小骨ばかりである。多くの宇宙開発関係者の期待を受けて生まれた戦略本部というかつてない枠組みが動き出し、かつ「宇宙庁」という名称までも聞こえてくるときに、ここまで大枠をすっ飛ばしていてよいのだろうか。
震災復興に莫大な予算が必要とされるなかで、宇宙開発の大枠を示すのはペンが重くなるのかもしれない。それはわかる。しかしそうした時期的な事情を割り引いたとしても、やはりなんらかの形で将来につながる背骨がほしい。
「小骨」についても、少し触れておきたい。「宇宙開発利用の戦略的推進のための施策の重点化及び効率化の方針について(案)」は、なぜか準天頂衛星とASNARO1にかんするスペックを細部にわたって紹介している。いずれの衛星も優れていることは理解できるが、これも背骨との関連でいうと首をかしげざるをえない。
そもそも準天頂衛星は、米国防総省が管理している衛星群NAVSTERによって構築されるGPS(全地球測位システム)を補完するためのシステムであり、日本独自のGPSではない。NAVSTERが運用を停止すれば、あるいはDoDがなんらかの事情で信号の発信をストップすれば、準天頂の機能にも影響が出る。したがって宇宙開発における日本の安全保障のあり方という「背骨」をしっかりとしたうえ、準天頂衛星の今後について検討すべきである。いや、本来ならばもっともっと早期から取り組むべき課題だったのだが、当時の政権にも現在の政権にもGPS信号の意味を理解されないまま、ついにここまできてしまった。
二つ目の「小骨」の問題は、あいかわらずの「省庁の張り合い」である。「宇宙開発利用の戦略的推進のための施策の重点化及び効率化の方針について(案)」には、以下のような記述がある。
だいち3(文科省(JAXA)、分解能80cm、観測幅50km)は、単純な撮像機能についてはASNARO1 や海外衛星により提供可能であり、立体視、広域観測等の機能については地図の作成等では有効であるものの、緊急性等との観点で他のプロジェクトより優先度が低いため、宇宙政策全体の中で他の優先度の高いプロジェクトを実施した上で宇宙予算上可能であれば実施することとすべきである。
「だいち3」とは、この4月に運用が終了したALOS(初代「だいち」)の後継機ALOS-3のことである。いっぽうASNARO1は、経産省が進めている衛星システムを指す。光学センサにかんしては、分解能が50cm以下であることから、文科省が計画しているALOS-3(だいち3)の分解能80cmよりも優れている。上記の文章では、この分解能の優位性をあげ、だからALOS-3(だいち3)は「立体視、広域観測等の機能については地図の作成等では有効であるものの、緊急性等との観点で他のプロジェクトより優先度が低い」と述べている。背骨のない宇宙戦略の小骨について、いちいち論評するのは不愉快なのだが、この部分にかんしてはどうしても納得できない。
私は、ALOS(だいち)の立体視センサによるデータを利用して、古代の日本の地形、たとえば縄文時代の海岸線や古墳時代の日本海沿岸地形、あるいは平安時代の東海道などの復元に取り組んでいる。前方視、直下視、後方視という3つのセンサをもつALOSのPRISMは、DSM(数値表面モデル)データが微地形の表現を可能にするので、貝塚の位置や深さを手がかりに古代の地殻変動量を推定し、そこからかつての海岸線を同定できるのだ。さらにALOSのAVNIR-2という近赤外線領域のセンサにより、律令時代の道路遺構の推定も可能になりつつある。いうなれば人文系と理数系の境界領域の研究で、歴史地理学や人類学といったかつては宇宙とは無縁だった領域の研究者が強い関心を寄せてくれている。
そのうえ3月11日以降は、津波の影響をビジュアル化することの問い合わせが、きわめて多い。古代地形の復元に関する講演でありながら、「津波発生時の影響」のシミュレーションも、という依頼があたりまえのようになっているのだ。
私の手法で、地震による地盤の隆起や沈降、傾斜を視覚化すること、あるいは海水準の変動を視覚化することは、比較的容易である。それもいわゆる衛星写真という現実の光景上で、シミュレートするのだ。現在は、そうした作業をよりかんたんにするためのソフト開発にもとりかかっている。いうまでもないことだが、地震研究所による精度の高い計算にもとづいたシミュレーションなどできるはずもない。それでもニーズがあるのは、地殻変動や海水面の上昇を自らの町に重ね合わせることで、津波の恐怖を現実のものとして認識しておきたいという要望が、あの震災以来強くなったからだと思う。実際、東日本大震災の直後からJAXAのHPで公開されたAVNIR-2やPRISMによる被災地の衛星データは、世界中からアクセスがあり、災害救助や津波の解析にかんする情報として重要な位置を占めていた。
ALOSのようなセンサを搭載しているのは、ほかにない。フランスのSPOT-5は類似しているが、開発思想の違いからか前方視、直下視、後方視という3つのポインティング角が大きく異なるし、分解能もちがう。同一地点を同一時間に、立体視や近赤外線など複数センサによって観測できるのは、ALOSだけである。
ユーザーの一人としていえば、ALOS(だいち)に搭載されていたPRISMとAVNIR-2のコンビネーションは、かつての観測衛星にはない新しい世界を拓いてくれた。PRISMの分解能は2.5m、AVNIR-2の分解能は10mで、けっして高分解能とはいえないかもしれない。しかし立体視のほか複数センサの組み合わせにより、微地形の観測と、地殻変動による海岸線の変化のシミュレーションなど、さまざまな情報を提供してきた。そのALOSをここで止めてしまうのは、私としては納得できない。
観測衛星のセンサによる分解能をあげることは、衛星開発の世界ではたしかに“競争力の一つ”である。しかし、米国の商業衛星GeoEye-1が分解能50cmのデータを販売する世の中で、あえて日本が国の政策として分解能競争に参戦する必要があるのだろうか。
衛星による分解能は、スパコンの処理能力とは少々異なる。分解能が高いことはもちろん有利だが、そのデータを受ける地上側での解析能力は、もっと重要である。特定の人の顔を観測できるというのは、スパイ映画の話にすぎない。地形の微細な変化や土壌水分量の変動等々、地上のわずかな変化から何を読み取ることができるかという解析能力のほうが、今後はどんどん重要になるのではないか。
ALOSは、世界には例のないユニークな機能を備えた衛星だ。そのユニークさが、ようやく実を結びつつある。人間でいえば、大学院生になったといってよい。今はそのALOSの技術を徹底的に練り上げ、JAPAN-ORIGINALにしてしまうことが重要である。ALOS-3の分解能をあげるほうが、日本の独自路線の開拓につながると私は思う。
「小骨」の問題をもう一つ。ISS国際宇宙ステーションにかんする記述である。以下のようなものだ。
国際宇宙ステーションは、日米欧加露の5極、世界15カ国協働で進めている活動に日本がアジア唯一の重要なパートナーとして参加し、我が国の国際的プレゼンスの発揮に寄与しているが、本来の目的である「きぼう」の利用については我が国の産業競争力強化にとって成果が乏しいことや、本プロジェクトに年間400 億円の予算を投じている現状を踏まえ、特に2016 年以降の国際宇宙ステーションへの参加、運用継続に当たっては、国際パートナーとのプロジェクト全体の経費節減努力を進めると共に、運用の効率化やアジア諸国との相互の利益にかなう「きぼう」利用の推進等の方策により経費圧縮を図りつつ、国際調整を進めるべきである。
まさに背骨なき小骨の発想であり、「宇宙開発利用の戦略的推進のための施策の重点化及び効率化の方針について(案)」にこんな文章が出てくるとは、開いた口がふさがらない。
ISSが金食い虫になっているのは、私も同感である。ただしISSから何も得るものがなければ、の話だ。しかし日本は、ISSを利用してさまざまなものを手にすることができる。それどころか、米国がISSから体重を抜こうとしているうえ、ISS運用期間が延長されようとしている今、技術的にも国際政治的にも、日本にとっては絶好のタイミングである。このあたりの詳細は「宙の会」にさんざん書いてきたので、そちらをお読みいただきたい。
それにしても、今回の「宇宙開発利用の戦略的推進のための施策の重点化及び効率化の方針について(案)」という、“の”が5回も繰りかえされる文章は、いったい何を目的にしたものなのだろうか。
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