宇宙政策シンクタンク「宙の会」は、宇宙政策について調査、議論し、提言することを目的にしています。多くの欧米のシンクタンクに見られるように、下請的調査ではなくて、中立、公平な立場での政策提言をめざします。そのスローガンは「静かな抑止力」。宇宙活動を世界標準並みに、科学技術力、将来産業力、環境・災害監視力、国際協力と外交力、という国の総合的ソフトパワーに活用すべきとの考えです。

「宇宙探査シンポジウム」で気になること

五代富文

 

(1)動き出しているアメリカ月拠点構想

2007年3月6,7の両日にわたって、京都で「宇宙探査シンポジウム」、副題「太陽系大航海〜そこで何を見つけ何を得るのか〜」がJAXA主催で開かれる予定です。

この1年、日本の宇宙活動も順調に推移し、また、宇宙基本法の準備がすすむ中、ようやく宇宙活動の将来を議論できる時代になってきたことは、大いに歓迎されることです。

ただこの機会に、日本の月・火星探査と国際協力について方向をよく考えておくことが重要です。これは至極当然のことですが、国家としての総合宇宙司令塔がない現在、流れのままに過ぎていくのを懸念しているからです。

   

従来から、宇宙ミッションを発案、検討、推進、評価する際に、さまざまな科学衛星シンポジウム・月シンポジウム・ワークショップが、有用な手段として開かれてきました。

今回の「宇宙探査シンポジウム」は、太陽系の科学と利用という点において、普段おこなわれている会合よりも、より総合的で広範囲な発表と議論がおこなわれるようです。JAXAと科学界や産業界だけでなく、国際政治、国際法などの専門家もまじえて、月に力点を置いた太陽系探査について、ビジョンやプランが議論されるようですから、その成果を大いに期待したいものです。

いままでの宇宙シンポジウムでは宇宙界内部の議論にとどまっていたものが、ひろく外部からの参加者を得て、従来と違った視点からの議論がされることをとくに望むものです。というのは、月探査を中核とする宇宙探査についての今回の「宇宙探査シンポジウム」は、日本の国策を決める過程でのマイルストーンとなる可能性が強いからです。

 

JAXA発表の「宇宙探査シンポジウム」プログラムの詳細を見ますと、初日の国内発表につづいて、二日目には、海外宇宙機関代表の基調講演がならびます。このあとは、基調講演にたいしての国内外からの“期待”をこめたパネルディスカッションが続くようです。

そして、この二日目の一連の基調講演は、単なる各国の宇宙活動の紹介だけでなくて、NASAが主導する月拠点構想に対する各国の反応、期待、取り組みを知るのに適した講演となるでしょう。もちろんここは公開の場であって、本音の発言は必ずしも表れないでしょうが、巨大国際協力となりそうな月拠点構想への考え方、反応がにじみ出てくることは間違いないでしょう。

 NASAの月拠点構想

それでは、日本はどのようなスタンスでシンポジウム、あるいは、別途おこなわれる多国間会合に臨むのでしょうか。まだプラン形成の前段階、議論のレベルでしょうが、日本独自の構想と国際協力の兼ね合いについて、国家宇宙戦略のマイルストーンとして捉えておかなければなりません。

この会合は、あくまでも宇宙機関同士の話し合いですが、NASAやESAと異なって、国家としての公式見解が出せない日本の対応はどうなるのでしょうか。

 

(2)日本の月・火星探査のスタンスは?

 

日本の宇宙科学のレベルは、全分野に厚いアメリカは別として、ヨーロッパと並んで世界トップクラスにいることは間違いないでしょう。国内の仕組みとしては、宇宙科学の国際競争と協調の視点から、2,3年に一度の科学ミッションが選ばれ実施されていて、今後も同様な動きが続くと思われます。宇宙科学のターゲットは、それこそ星の数ほど多い中で、リソースは限られていますから、ミッションの意義、準備状況、順番待ちの中からテーマに選ばれるのは至難の業です。

日本に限らない話ですが、アイディアを実現するには時間がかかり、その間に他国が同様のテーマを、真似とはいいませんが、実行に移して先を越してしまう例も見られます。

宇宙科学は早い者勝ちの世界です。限られた予算と飛行機会を獲得するために、ややもすれば、技術的に難しくリスクの高いミッションになってしまうのは仕方ないことです。「はやぶさ」の例は必ずしもこれに当たらないでしょうが、成功した際の“自己”評価点を100点ではなくて500点以上にセットせざるを得なかったのは、日本においては宇宙へのチャレンジが理解されにくいことを示しています。

宇宙科学ミッションは、地球周回軌道から観測する天文衛星・太陽観測衛星と、太陽系内を飛行してターゲットの惑星、小惑星、彗星などの天体を直接探査する探査機に大別されます。前者のひろい意味での宇宙観測衛星では、観測波長の多角化、高精度化とともに観測の継続性も重要で、数年に一回のわりあいでミッションが高度化されなければならない点も考えなければなりません。

対象天体を直接探査する技術がすすむにつれて、惑星・小惑星・彗星など対象となる天体は広がっています。そして無人探査は対象天体の近傍を通るフライバイの時代はとっくに過ぎて、周回軌道上からの精密観測、着陸しての地点詳細観測、ローバーによる広域表面探査、そして今後は地下探索へとすすんでいきます。

 そして10,20,30年内には、探査も無人ロボットと並行して有人探検が重視され、それも短期訪問から滞在型へと移っていくのは当然の流れです。そして目的も科学探査から資源探査、利用へとすすみ、人の滞在もより長期化、より重要な地点へと進展していきます。

このような観点からいえば、21世紀前半は、まさに宇宙への人の展開が必然の時代であって、その第一歩として月への有人探検は夢ではなく現実の展開となります。

月はその先の火星への中継点であるという考えはきわめて合理的ですが、日本の月探査は、従前からの長期計画の延長上にあって、無人が前提で進んできています。火星については、アメリカは月経由の有人火星旅行は視野の中ですし、ヨーロッパも有人火星探査を視野に入れて、新型火星探査機も進めることとしています。有人宇宙活動については、米欧と日本のギャップは大きく、この点についての国としての基本方針と開発戦略が必要です。

 

(3)国家宇宙戦略のない日本

 

日本の場合、もともと無人が前提ですが、1990年頃から月探査に力点をおき、ルナーA(技術的理由から現在見直し中)に続いて、オールジャパン(3機関統合前)のセレーネ計画を進めてきました。セレーネは世界最高級の月探査機ですが、予算不足から当初より4年遅れて、2007年7月には月へ向かってようやく旅立てそうです。

1960,70年代のアポロ計画以降は、月への世界的関心はそれほど高くなく、日本だけが月への飛行をめざし、1990年には世界3番目の国となりました。

しかし近時、米国は宇宙政策を転換しスペースシャトル・国際宇宙ステーション(ISS)から脱して、月経由火星有人探査が次期大プロジェクトになってきました。ヨーロッパにおいてもアメリカの発表以前から、アメリカと同様な構想「オーロラ」をたてていましたから、アメリカのブッシュ構想に即座に前むきな対応を表明できたのです。

そして月についていえば、日本は1980、90年代の宇宙戦略にそって、セレーネを進めていたから良いものの、競合国があらわれて積極的に月探査を推進する第2次月レースの時代に入ろうとしています。

有人飛行で勢いにのる中国は初経験であるにもかかわらず、月探査機「嫦娥」の発射をセレーネの前に計画しています。この機能は高度なセレーネとは比べものにはなりませんが、先手をかけているのです。21世紀に入って宇宙活動に実績を上げているインドも、「チャンドラヤーン1」探査機を2008年に月へ送る計画です。

これら宇宙探査、有人飛行などの宇宙活動は、国の総合力そのものであって、日本を除いては、国としての総合的な政策をたて国際競争に参入しようとしているのが現状です。

日本の場合は1990年代(強力ではないが宇宙担当大臣のもとで国家戦略は立てることはできた)はともかく、現状としては、月・火星探査に限らず宇宙活動について、国としての総合基本方針がみられません。

 

3月の「宇宙探査シンポジウム」では、正式な国家宇宙政策に裏打ちされたアメリカのNASA、エグゾ・マースを承認して将来計画のオーロラをすすめるヨーロッパのESAに対比できるのは、JAXAの宇宙長期計画です。しかし残念ながら、これは日本としての国家政策に裏打ちされていません。

そのような事情を反映した「宇宙探査シンポジウム」では、「わが国の月探査に向けた期待」と「惑星探査計画に対する期待」と“期待”ばかり並ぶのは何ともやりきれないことです。この“期待”というのはどこへ向けての言葉なのでしょうか。日本の国家宇宙政策の不在がここに表れていると云ってよいでしょう。ブッシュ宇宙政策が出されてからすでに3年もたっているのに、この間にわが国の宇宙活動の大きな指針が出ていない現実は何時になったら変わっていくのでしょうか。いまは、宇宙基本法が成立して総合的な宇宙司令塔ができあがるまで待つほかないのでしょうか。

 

たとえば、以下の簡単な問いに対して、国の責任者(いるのかどうか知りませんが)はどのような回答を示せるでしょうか。

(1)日本は月・火星をめざすのか、それは月なのか火星か、何のためにするのか、それは無人か有人対応か・・・

(2)国際協力への対応はどうするのか、アメリカの月拠点構想への協力はどう考えるか、第三国とはどのような関係を構築するのか・・・

宇宙基本法が国会へ未提出、未成立の今では、国の宇宙戦略司令塔は不在のままであり、このような基本方針が当面出てこないのは残念です。

  Credit: NASA, JAXA